Case studies
事例: ブライト・チャイナ・ホールディングス

ブライト・チャイナ・ホールディングスは、社会的責任を担う企業の新しいモデルである。ブライト・チャイナの創業者、Ming Lo Shaoは、ピーター・ドラッカーとウォレン・バフェットとの出会い、対話に刺激を受けた人格者だ。ブライト・チャイナ・ホールディングスは、世界においても中国国内においても、さまざまな意味で群を抜いている。世界中の経営者が、このビジネスモデルから学ぶべきところは多い。

 

ブライト・チャイナは、営利目的の企業、財団法人、教育アカデミーを一傘下におさめた企業であり、世界の中でもユニークな存在である。現在58歳のShao会長は、中国とその国民の生活にどのような変化が必要なのか、明確なビジョンを持っている。 中国の人々の活躍の機会を作り出すことと、中国の人々全てを尊重することがビジョンの基盤になっている。Shao会長は、中国を支えることに専心する社会的責任を担う企業なしには、同国は持続可能な社会を創り出しえないと考えている。財団法人や慈善団体の一部だけでは、社会的責任のある役割を担うに足りないという。むしろ、Shao会長は、中国の社会発展の推進役を実業界の手に移そうと、切磋琢磨している。

 

 Shao会長はこう語る。「我々は、中国のなかに社会的企業を創るべく尽力している。営利企業が財源を提供し、中国内の教育、社会奉仕、医療、貧困にあえぐ人への援助といった社会貢献をするというものだ。ブライト・チャイナはそれを実現する唯一の企業である。私は、同じ志を持ったビジネスリーダーを見つけて、このニーズを満たすべく、共に取り組んでいきたい。こうした動きは今後5年から10年で大きなムーブメントになると確信している。」

 

ブライト・チャイナのビジネスモデルは、企業で営利・非営利と教育を連携させる広範囲に渡るユニークなものだ。このビジネスモデルを中国で展開したこと自体、大いなる経営判断といえる。中国では、企業の社会的責任CSR corporate social responsibilityの概念や、財団法人がいまだに初期段階にある。2007年現在、中国の財団法人への寄付金の80%以上が海外からというのが現状だ。また、営利企業は政府から完全には独立していない。ブライト・チャイナのビジネスモデルもまた、政府関係機関との実務関係をいくつも築いている。

 

 1984年、Shao会長は、シャツ工場でのアイロンがけの仕事で得た個人所得と以前に香港の小さな不動産投資にまわしていた資金を元手にして、中国南部にある工場に投資をはじめた。彼の投資は広範囲に渡り、1993年に彼の組織はブライト・チャイナと名付けられた。非営利部門が2001年に始動するとき、Shao会長は、中国が持続可能になるためにどうすればよいのか、経営陣に対して問いて言った。「ブライト・チャイナが、中国農村の遠隔地にいる人々を助けるために、何ができるだろうか。」

 

このとき、財団法人、あるいは非営利企業は、中国では、法的に認められていなかった。このため、Shao会長は 当初米国と香港で法人を設立した。2004年に中国政府が財団法人の設立許可を与えるようになったとき、ブライト・チャイナは中国本土にも財団法人を設立した。

 

ブライト・チャイナ・ホールディングス全体のミッションは次の通りである。「1.我々の行っていることを讃え、2.人材形成を支え、3.英知を探求し、4.利益性を上げる。統合組織は、人々の能力を伸ばし、サービスや製品を作り出す基盤である。」 

 

ブライト・チャイナ・ホールディングスのビジネスモデルは、(同社が解釈している)ピーター・ドラッカーの「トライアングル」の3要素—組織、個人、機能する社会—を囲むようにデザインされており、この3要素は、それぞれ3つの相互支援的なブライト・チャイナ事業で表されている。営利事業はブライト・チャイナの2つの非営利組織を支えて、その結果、機能する社会とこのユニークな組織に貢献する。ブライト・チャイナ・ファウンデーションは、貧困層や無力な人の教育を支援することを通じて、個人ならびに機能する社会に貢献する。ドラッカー学校の名で知られるブライト・チャイナ・マネジメント・インスティチュートは、主に経営幹部クラスの影響力のある人に対して、実績をあげられるような教育を施すことを通じて、組織を支えている。3つの事業体は非常に相性がよい。それぞれが、補完的なミッションを持ち、人がチャンスを得て成功できるように、中国を大幅に良い国に変えるというゴールを分かち合っているからだ。

 
 
 
 

ブライト・チャイナの営利事業

 
営利事業体は、1993年に、トンコワン(東莞)、香港、北京でのShao会長の開発プロジェクトをひとくくりにまとめた形から始まった。1996年、Shao会長は、シカゴ空港で清掃作業員がユニフォームに身をつつみ、誇りをもって仕事にあたる姿を観察した。ServiceMaster社に勤めている人たちだった。中国における清掃作業員のイメージとは対照的だった。中国の作業員は、 地面に膝をつき、汚い水を使って、手で床を洗っていた。プライドがなかった。シカゴの作業員のビジネスモデルを中国に持ってくることはできないだろうか?そうしたら、中国の労働者も、自分の仕事に誇りを持て、よく訓練されて、アメリカにいる労働者のようになれるだろう。Shao会長は、中国の人々の活躍の機会をここに見た。
 
 

ドラッカー学校こと、ブライト・チャイナ・マネジメント・インスティチュート

 

Shao会長は、2001年にドラッカー学校を設立した。影響力のあるリーダーと強い経営者を養成するためだ。経営者にドラッカーの本質、哲学、論理を教えることで、中国により健全な社会を作り出す助けになれるのではないかと、Shao会長は思った。

 

Shao会長の構想は、1990年代後半に始まった。ブライト・チャイナ・サービスでの経験もあって、中国経営には人材養成教育が必要だと考えるようになったからだ。実業界のリーダーには独力で這い上がってきた人が多く、その経営コンセプトは20年前に共産主義政府によって描かれたものだった。Shao会長いわく、

「良い教育を受ける機会がなくても、経営する立場になったり起業家になったりした人もいます。こういった人たちは、現在、大規模なビジネスを展開し、雇用機会を提供し、資源を支配しています。その多くは、自分の経営スキルを磨いてパフォーマンスを上げ、自分たちの努力で我々の経済やコミュニティが成長していくように願っています。」
Shao会長は、従来の教育や学校ではニーズに合わないと思った。

「下から登り詰めてきた、叩き上げの人たちのことを考えているのです。例えば、当社の社員には充分な教育を受けていないにもかかわらず、仕事にコミットし強い責任感を持っている人がいます。彼らは、管理職を経て経営者となって、数百、数千もの従業員を管理しています。年齢のせいか文化的背景のせいか、こういった人たちはMBAを取得するような機会に恵まれませんが、とても高いポテンシャルがありますし、私は彼らにより深い教育を受ける機会を提供したいと思ったのです。」

このニーズに取り組むにあたり、1999年、Shao会長は、中国にある学校の提携校になってもらえないかと、11ヶ月かけて世界中のトップビジネススクールを訪れた。Shao会長にとって理想の提携校は、中国の起業家がより良い運営ができるような、ひいては文化と社会にプラスの効果をもたらすような学校だった。だが、そのような学校は見つからなかった。
 
1999年暮れ、 Shao会長は、カリフォルニア州にある当時90歳だったピーター・ドラッカーの自宅を訪れた。実りが多かった。ピーター・ドラッカーの深い洞察力に助けられ、Shao会長は自身のコンセプトのもつ力と将来性をはっきりと心に描くことができるようになった。ピーター・ドラッカーは次のようにコメントした。「世界のトップと張り合える有能な経営者と起業家を急速に開発することは、中国が最も必要とするものだ。中国の社会的経済的成功の鍵は、いかにして世界一の経営知識と経営ツールを中国の経営幹部に届けるかにかかっている。」また、ピーター・ドラッカーは、ブライト・チャイナ・マネジメント・インスティチュートが設置される際に、Shao会長に積極的にアドバイスすることを約束した。
 

 現在、インスティチュートはドラッカー学校として知られている。輩出した卒業生は15,000人。フルタイムスタッフ22人と非常勤の教官10人で、10省及び香港において教育プログラムを運営している。生徒数は、1年あたり約5000人。ドラッカー学校はマネジメントに重点的に取り組み、ピーター・ドラッカーが残したものを中国の知識労働者と分かち合っている。カリキュラムには最良の管理ツールを組み込み、ドラッカーに基づいた教材だけが使われている。ちなみに、ファイナンスのコースはない。

 

ピーター・ドラッカー学校の会長であるステファン・リーは、次のように語る。「政府役人も含め、中国全土からきた経営幹部が、プログラムに参加しており、ほとんどの場合、年齢は35歳から55歳の間です。多くの講義は、政府機関や当校の学生が経営する企業の傘下にある学校で行われています。中国では、当校の講義に対するニーズが非常に大きいのです。週末は全て予約で埋まっています。」

 

Shao会長は、ピーター・ドラッカーのツールで訓練することができれば、中国の経営者たちはよりよいリーダーとなり、持続可能な社会を支える決定を下す羅針盤を持つことになると確信している。このプログラムでは、組織を急速に発展させ、雇用を提供し、社会的責任を負うことのできるような効果的な経営者となるように、 中国人経営幹部を養成している。

 

 

課題

 
ドラッカー学校への参加希望者は定員を遥かに超えており、優秀な教授陣をさらに増やすことが最大の課題である。学長のスティーブン・リーはこう語る。「私たちは、毎日のように、教師を募集、養成しているのですが、教師を別の省にも送らなければなりません。ドラッカーの講義を教える教師の絶対数が足りないのです。」

 

学校は、教師に対して、ドラッカーについての豊富な知識を持つだけでなく真の後継者になることも望んでいる。「ここには、ドラッカーの本の多くを学び、ドラッカーの言の大部分を暗記している教師がいます。でも、真のドラッカーの後継者だと言うことはできません。彼らが、100%ドラッカーの教えに沿って行動しているわけではありませんから。」

 
 

ブライト・チャイナ財団

 

ブライト・チャイナ・ファウンデーションのミッションは、人々が威厳を持てるように手助けし、他人を助けるように刺激することである。財団には、フルタイムスタッフが6人、ボランティア教師が100人以上いる。今までのプログラムでは、農村の人々を重点対象として取り組んできた。

 

2002年創設。財団は、中国中央部と西部の貧困地帯で、酷い状態の失業者を対象にしている。Shao会長は自分のチームに尋ねた。「ブライト・チャイナが彼らを助けるためにできることは何だろうか?」

 

 

奨学金プログラム

 
ブライト・チャイナ奨学金は、年収80米ドル未満の家の高校生に与えられる。財団の奨学生は、現在19,000人。ある職員によれば、「今年は、7700件の家から奨学金への応募がありました。状況は様々ですが、悲惨なものです。中には、学校まで裸足で2時間歩かなければ着かないというケースもありました。中国西部には、家に外出用のズボンが一着しかないような家族がたくさんいます。ほかにも、家全体で40ワットの電灯を1日あたり1時間しか使えない家族がいます。子供たちは、その時間内に宿題を終えられなければ、翌朝5時に起きてやっています。」
 
 
起業家プログラム
 

2003年、ブライト・チャイナはNFTENFTE.com参照)にパートナーを見つけた。ブライト・チャイナ・ファウンデーションの理事長、Henry Toは、(NFTEの)認定を受け、米国から中国に帰ってきて、ローカライズされた中国のケースを取り入れてプログラムを翻訳した。起業家プログラムの学生は、貧しい家の出の者がほとんどで、何らかの苦境に陥っている人が多い。通常、高校生くらいの若者を対象にしているが、門戸は他の人々にも開かれている。

 

2003年、ブライト・チャイナはNFTENFTE.com参照)にパートナーを見つけた。ブライト・チャイナ・ファウンデーションの理事長、Henry Toは、(NFTEの)認定を受け、米国から中国に帰ってきて、ローカライズされた中国のケースを取り入れてプログラムを翻訳した。起業家プログラムの学生は、貧しい家の出の者がほとんどで、何らかの苦境に陥っている人が多い。通常、高校生くらいの若者を対象にしているが、門戸は他の人々にも開かれている。

「我々は、生徒がくつろぎ、輝くように励ます教育を行うことができるように、教師を訓練しています。生徒は、一人一人が、ビジネスプランを作成してクラスで発表します。ビジネスプランの文章の出だしは、『私はABCと申しまして、この会社の常務取締役です。』といった感じで、これは生徒の自負心に多大なる影響を与えます。この台詞をクラス全員の前で言っていると想像して下さい。しかも、両親あるいは本人が犯罪者だったらどうでしょう。」

 

「子供たちは、この文章を口にすると、泣き出します。これまで、誰かに自分の夢を聞いてもらったことがなかったのです。ほかの子供は、耳をそばだてて、良い助言をしていきます。これが、彼らが他人に気に掛けてもらったと感じた最初の瞬間になることも多いのです。」

 

「このプログラムは、人の物の見方、個人の印象、生徒の価値観を変えます。教師は、学生にリスペクトを示します。卒業するには、生徒は次の問いに答えなければなりません。『もしいつの日か自分が成功したら、社会にどんな貢献をできますか?』もし、この問いに答えられなければ、卒業できないのです。」

起業家プログラムは好評を博している。2007年には、6省内での活動にとどまらず、次のようなプログラムが動いている。;

    • 政府機関、シングルマザーの人材開発を行う
    • 身体障害者連合会
    • 監獄局、To理事長を招待してプログラムを共有して刑務官養成にあたる
    • 学校教育制度、高校生4000万人を教育すべく、今後35年間に教師25000人を養成する
英語教師の完全集中訓練プログラム
 

Shao会長は、成功するためには、中国人は英語を習得する必要があると確信している。財団の完全集中訓練プログラムは、英語の語学教師に英語を教えるものである。こういった語学教師の中には、英語のアルファベットすら知らない者も多い。中国西部の学校まで英国人教師が車を走らせることもあれば、北京に34週間缶詰めにされる教師もいる。毎日、見聞きするものは全て、英語になる。こうして養成された教師は、順次、何千人もの中国人生徒のもとに送り込まれ、英語を教えることになる。

 

 
課題
 

財団の最大の課題は、規則、規制や政府事業の熟成に役立つべく、いかにして政府を支え啓蒙していくか、ということである。これは、中国社会向上に役立つだけでなく、財団のプログラムの運営がより容易になる。役人は、時として、米国由来のプログラムに懐疑的になり、その結果、予定していた授業をキャンセルすることもありえるからだ。

 

チームが格闘している別の課題は、プログラム追加履修の最適な方法だ。財団では、起業家が事業案件に着手しやすくなるように、小規模融資プログラムの設置を考えている。

 
* * *

これら3つのブライト・チャイナ・ホールディングスの事業では、利潤追求型の指標を用いて成果を監視している。2つの非営利機関でも、生徒数、費用、成績などを見守っている。しかしながら、中国にプラスの影響を与えるというShao会長の構想に反して、従来の指標の枠に収まっていない。「我々が介在して我々の事業を確立することを通じて、生活が変わって欲しいのです。生活に影響を与えているところや彼らが仕事を得るところを見たいと思っています。そして家族の生活が改善していくところも。家族の1人1人が共に生活し働いていく姿を見たいのです。」

 

ピーター・ドラッカーは、Shao会長に宛てた最後の手紙の中で、次のように述べている。「私の言ったことが、中国人読者にとって、『考える糧』になるだけでなく『実行する糧』になることを願っている。経営とは、哲学や理論ではない。むしろ、行動と結果なのである。」

 
 
関連ウェブサイト:
ドラッカー・アカデミー: http://www.pfda.com.cn  
 
©Druckerinpractice

Posted on 12/7/2007